第70回前編 遠藤久男さん(川越青果 店主) 

自慢の野菜が看板がわり。元板前の八百屋さん

看板のない店


遠藤久男さん 

ご職業 川越青果(八百屋) 店主
座右の銘 負けない心

「お兄さん、よそ行きの顔じゃん!どーしたの?」
からかうような口調でレジの男性に声を掛ける女性がいました。あまりに親しげなので、てっきりその男性の妹さんが遊びにきているのかと思っていると...。


看板のない店

 「お兄さん!5時に出かけちゃうからさ、カボチャ、よろしくね」

お店のあちらこちらから「お兄さん!お兄さん!」と声がかかります。お兄さんと呼ばれているのは、東京南千住で「川越青果」という八百屋を営んでいる遠藤久男さんです。

「お兄さん! 遠藤さんっていうんだ。はじめて知った」

 もしかしたらお客様は、遠藤さんの名前だけでなくお店の名前も知らないかもしれません。というのも、川越青果には看板がなく、たくさんの野菜や果物が置いてあることで、ここが八百屋さんであると判断できるからです。



包丁はいつもピカピカに


カボチャを切る遠藤さん

毎日研いでいるピカピカの包丁

 遠藤さんは30歳で八百屋を始める前に日本料理の板前をしていました。

「小さい頃から、魚を見ると"飼いたい"じゃなくて"さばきたい"と思っていました。地域の子供旅行で築地に行った時、本当に楽しかったことを今もはっきり覚えています」

 中学時代は塾などに通い勉強に専念していたそうですが、どうしても料理人になりたいと、ご両親の元を家出同然で飛び出し調理師学校の門をたたきました。

「子供だったのでどうしていいかわからなくて、学校に行けばどうにかなると思ったんです。校長先生は真剣に聞いてくれて親方を紹介してくれました。住み込みしながら、学校に通わせてもらったんです」

 お客さんにカボチャを切って欲しいといわれ、遠藤さんが手にした包丁はピカピカに砥いでありました。

「いまも毎日、包丁を研いでいます」

遠藤さんが切ったカボチャの断面はとても綺麗でした。



料理人の目


店内の様子

 お店の仕入れを任されるほどに成長した遠藤さんは、そのころから野菜に興味を持ち始めたそうです。

「常に野菜がある環境でしたし、まかないの御飯は野菜のヘタの周りとかシッポでした。野菜はこういう捨てるようなところが一番うまいなって思ったり...。野菜の選び方、塩のふり方ひとつで味がかわるということを日々感じていました。そんな環境で目が鍛えられたんだと思います」


 川越青果はもともと友人のお店でしたが、自分が休みの日に手伝うようになり、現在はこのお店を譲り受けて経営をしています。

「ちょうど不況で暖簾わけが難しかったんですよ。最初の頃なんてPOPが日本料理のお品書きみたいでした 」

 板前であった経験を活かし、料理に合わせてよいものをすすめたり、材料が揃ってなくても料理ができるようにお客様にアドバイスをしているのだそうです。
 遠方からトランクを持って買いに来るお客様もいるという遠藤さんのお店。いい野菜だけでなく、美味しく食べるプロの料理人のコツを仕入れに、お客様はお店に足を運んでいるのかもしれません。



※<後編>では、「チラシをつくらないで!」という要望が寄せられるほど、常連さんの楽しみとなっている遠藤さんの接客術をレポートします。






文・撮影:ベジタブル&フルーツマイスター 霜村春菜