第59回前編 井上 修さん(牛蒡問屋「井上青果」)
Made In JAPANを残したい!ゴボウ問屋三代目 井上修さんの熱い思い
ゴボウだけをあつかう問屋の三代目

井上 修さん

手作業でゴボウを選別する井上さん
| ご職業 | 牛蒡問屋「井上青果」 |
| 座右の銘 | 進歩は常識の外にある |
井上修さんは川越にあるゴボウ問屋「井上青果」の三代目。
お祖父様が問屋をはじめた昭和初期ころ、川越は有名なゴボウの産地でした。
当時、生産者にとって一番大変な作業はゴボウ掘り。そのために畑に植わっている状態のゴボウを丸々買い付け、掘りだして売るという「ゴボウ問屋」ができたのだそうです。
「青果業界で単一の品目を扱う問屋はゴボウだけ。掘ってみないと良いゴボウかどうか分らないから、ばくちの様な仕事だったんだ」
現在は、生産者が掘り、埼玉や千葉のゴボウ問屋が全国から集めて包装などの加工を行い市場に納めています。
井上さんは、ただ集めるだけではなく、畑の状態を生産者に確認することをとても大切にしています。
そして包装の際には、調理をする人のことを考えて、同じ太さや長さになるように気を遣っているのだそうです。
正確なのは「機械」よりも「自分の手」


(上)ゴボウを洗う機械
(下)洗い終わったゴボウ
作業場には機械で同じサイズに分けられたゴボウが積まれています。井上さんはこのゴボウをさらに細かく選別していきます。
ビニール手袋をはめてリズミカルな動作を繰り返すのですが、その手元は写真に収めるのが難しいほどの早さ。
「微妙な選別は人の手でないとダメ。持った感じや手触りで分けるんだけど、これは勘としか言いようがない。作業しやすいよう、みんなが休んでいる間にやる仕事なんだ」
試しに分けられたゴボウを計ってみると、確かにすべて同じ重さ。さすがプロです。この作業をやり終えたあと、井上さんは大型トラックにゴボウを積み込み、東京の築地市場と太田市場まで届けます。この運搬の間が、軽食などをとったり、少し気分転換に使える時間なのだそうです。
ゴボウを取り巻く環境の変化を肌で感じる日々

トラックへの詰め込み作業
ここ10数年でゴボウを取り巻く環境が変わったと井上さんは言います。
「2年ほど前から直売所にだしているんだけど、お客さんからマンションの配管がつまるから洗いゴボウはないのかと言われて、意外に思ったよ。泥つきのほうが直売らしいと思ったんだけど」
またゴボウは、夏を元気に過ごすための食べ物として、本来の旬である初夏に売れていましたが、今は一年中、ほぼ同じ数が売れるのだそうです。
このような様々な変化の中で井上さんが一番危惧しているのは、ゴボウの産地がなくなるのではないかということ。井上さんの拠点でもあるかつての産地の川越では、今はゴボウがほとんど作られていません。それどころか産地はどんどん遠くに移り、現在は青森や宮崎から集めてくるのだそうです。
Made In JAPANをなくさないために

宮崎からのゴボウを市場へ搬入

0℃の冷蔵庫でゴボウを保管します
「産地が移っていったのはゴボウが作れる土ではなくなったからだ。日本食ブームの影響でアメリカやドイツにゴボウを輸出しているけど、中国などから日本に輸入もされている。でも、Made In JAPANを絶対なくしたくない!」
野菜としてゴボウを扱うのは日本食だけといわれています。本家本元の日本産のゴボウを残していきたい、そんな思いから井上さんは産地で土作りの勉強もしているのだそうです。
「自分のことを話すのは難しい」と頭をかく井上さん。飾りのない率直な言葉と射抜くような視線に、厳しくものをみる姿勢と仕事に対するプライドが現れていました。
※後編では、井上さんが土の勉強を通して感じた
「ゴボウの背景にある物語を作りたい」という思いを
お伝えします。







